アストレ栽培記録 三年目 ──育てて初めて分かった、この薔薇の本当の姿
栽培を始めて三年目。
毎年「今年は咲いてくれるだろうか」と心配しながら見守ってきたが、今年も気品ある美しい花を見せてくれた。
我が家は標高約400メートル。
夏でも比較的冷涼で、朝晩は気温が下がる土地である。
三年間育てて感じたのは、アストレは日本の暑さよりも、こうした涼しい環境を好むように思えるということだ。
もちろん、これは私の栽培環境で感じた一例に過ぎない。
しかし原産国フランスの気候を考えると、我が家の環境は比較的近い条件なのかもしれない。
「ツーリング・エクスプレス」に登場する実在の薔薇
アストレは、河惣益巳先生の名作『ツーリング・エクスプレス』にも重要な存在として登場する実在の薔薇である。
ジョルジュ・オージェが妻イレーヌへプロポーズした時に贈った薔薇。
そしてエドアール・ティリエもまた、フランソワーズへ想いを伝える時にアストレを贈る。
主人公シャルル・オージェの生家の庭にも、この薔薇は数多く咲いている。
作品の中では、イレーヌとフランソワーズがお茶を飲みながら語り合う場面で、
「アストレ、自分で育てられるかしら?」
そう尋ねるフランソワーズに、イレーヌは笑顔で答える。
「簡単に育てられるわよ。」
……
いやいや、イレーヌ。
その一言は、日本の園芸家が聞いたら全員ツッコミを入れると思う。
「それは、あなたの園芸スペックだからです!」
三年間育てた私から言わせてもらえば、アストレは決して初心者向きの薔薇ではない。
美しい。
しかし、とにかく気難しい。
まさに”我がままなお姫様”のような品種である。
なぜ日本では流通しないのだろう?
現在、日本でアストレの苗木を手に入れる方法は非常に限られている。
一般市場で見掛けることはほとんどなく、個人の育苗家から譲っていただくか、海外から個人輸入するくらいしか方法がない。
私自身、以前に岐阜ワイルドローズガーデンを訪れ、実際に管理されているスタッフの方へ栽培についてお話を伺ったことがある。
その時のお話は別の記事にまとめている。
一方で、自宅でも三年間育ててきた今、改めて思うことがある。
アストレが日本で市場流通していない理由について、公的に示された資料は見当たらない。
しかし私自身の栽培経験からすると、日本の高温多湿な気候では栽培難易度が高く、安定して生産・販売するにはリスクが大きい品種なのではないか、と推測している。
もちろん、これは一栽培者としての考察であり、理由を断定するものではない。
それでも、この気難しさを体験すると、「なぜ流通しないのか」を考えずにはいられないのである。
親品種も育てているから分かること
実は我が家では、アストレだけではなく、その親品種である『ピース』と『ブランシュ・マルラン』も育てている。
同じ血統を持つ薔薇でありながら、アストレは明らかに性格が違う。
親品種は日本の環境にも比較的順応し、元気に育ってくれる。
しかしアストレは、その年の気温や環境の変化にとても敏感だ。
「今日は機嫌が良いね。」
そんな言葉を掛けたくなるほど、繊細な品種なのである。
だからこそ、開花した時の喜びは格別だった。
親品種の魅力を受け継ぎながら、それをさらに磨き上げたような美しさ。
それがアストレの魅力なのだと思う。
アストレに憧れた方へ
このサイトを公開してから、
「アストレを育ててみたいと思っていました。」
というメールを何通かいただいた。
しかし記事を読まれた後には、
「入手だけでも大変なんですね。」
「薔薇初心者なので、思っていた以上にハードルが高いことが分かりました。」
そんな感想もいただくようになった。
私は、それで良かったと思っている。
アストレは、誰にでも気軽におすすめできる薔薇ではない。
だからこそ、現実もきちんとお伝えしたい。
それでも挑戦してみたいと思われるなら、まずは親品種である『ピース』や『ブランシュ・マルラン』から育ててみるのも一つの方法だと思う。
現在でも比較的入手しやすく、日本でも栽培されている品種である。
親の魅力を知ることは、いつかアストレに出会えた時、その美しさをより深く理解することにも繋がるだろう。
三年間育てて思うこと
三年間、アストレと付き合ってきて、私は一つのことを考えるようになった。
河惣益巳先生は、なぜ数ある薔薇の中からアストレを選ばれたのだろう。
フランスで高く評価された美しさ。
しかし、その美しさは決して誰にでも手に入れられるものではない。
育てるにも手間が掛かり、簡単には応えてくれない。
その姿は、『ツーリング・エクスプレス』に登場するフランソワーズやイレーヌのような、気高さと芯の強さを持つ女性たちにもどこか重なって見える。
美しいものほど、簡単には手に入らない。
そして、本当に価値あるものほど、時間を掛けて向き合う必要がある。
今年もまた、そのことをアストレは静かに教えてくれた。
